エレン「涼しき夏、暖かき冬」 『おやすみなさい』

 

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エレンと母カルラとの思い出が蘇る


1: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:05:42.05 ID:1oxqFoDdo
夏虫の声が響き渡る中、家路を駆ける。

乱れる吐息を掻き消すように正午を報せる鐘が響いた。

お昼の鐘が鳴る前に帰りなさいと母さんに言われていたが、結局間に合わなかった。

走る意味を失って立ち止まると、途端に汗が流れ出てくるのが感じられた。

流れる汗が顎先で玉となり、揺れて落ちる。

地面にできた小さな染みは、あっという間に乾いて消えた。

今年の茹だるような暑さは近年では珍しいと父さんは言っていた。

空を仰ぎ見ると、ぎらぎらとした太陽がそこにあった。




引用元: エレン「涼しき夏、暖かき冬」

2: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:06:09.24 ID:1oxqFoDdo
「ただいま」

家に入りながら帰宅の挨拶をする。

明るい外にいたせいか、家の中がすごく薄暗いように感じられた。

「おかえりなさい、エレン」

声の主は眉間にシワを寄せ、両手を腰に当てている。

自分が怒っていることを全身で表しているかのようだ。

「……帰るのが遅れて、ごめんなさい」

こういうときは素直に謝るのが一番だということを、経験上知っている。

今まで伊達に叱られ続けているわけではないのだ。


3: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:06:36.70 ID:1oxqFoDdo
母さんはしばらくそのままだったが、やがてふぅと一つ息をつき、「もういいわ」と言った。

「次からは遅れないこと。良いわね?」

まなじりを下げ柔和に微笑みながら言う母さんに、「わかったよ」と笑顔を返す。

「このやりとりは何度目かしら」

返す言葉もなく、誤魔化すように、えへへ、と笑うと、「しょうがない子ね」と母さんも笑った。

「ご飯はもうできてるわよ。座りなさい」

「はーい」


4: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:07:03.84 ID:1oxqFoDdo
並べられたのは、いつもとさほど代わり映えがしない昼食。

母さんと二人、いただきますと声をあげ食べ始める。

午前中に走り回ったせいで空っぽになっていたお腹は、次々と食べ物を受け入れていく。

がつがつと食べ進めていたが、ふと、母さんの動きが止まっているのに気づいた。

顔を上げると微笑みながらこちらを見ている母さんと目があった。

「食べないの?」

尋ねると、「食べるわよ」と言いながらもスプーンは止まっている。

「ねえ、エレン。美味しい?」

どうしてそんなことを聞いてくるのか、疑問に思ったが考えてもわからなかったので、「美味しいよ」と答えて満腹になる作業に戻った。

母さんはその言葉に嬉しそうな笑みを浮かべしばらく僕を見ていたが、やがて自分も食べ始めた。


5: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:07:32.24 ID:1oxqFoDdo
(午後は何をしようかなぁ)

足をぶらぶらさせながら、テーブルに頬杖をつく。

窓の外では相変らず夏虫の声が響いている。

日差しが遮られる家の中なのに、風がないせいか外との温度差はそれほどないようだ。

母さんは洗い物をしている。

涼やかな水音に、時折、かちゃりと食器が触れ合う音がする。

それらの音に混じり、後姿の母さんからは小さな歌声が漏れ聞こえてくる。

遠い昔に聞いた記憶。

夏虫の声が遠くなった気がした。


6: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:08:08.69 ID:1oxqFoDdo
「エレン、寝るなら布団に行きなさい」

いつの間にかうとうとしていたようだ。

――うん。

「エレン? 聞いているの?」

――聞いてるってば。

ふわりとした浮遊感。

それに身を任せると、やがて柔らかなものに身を包まれた。

どこからか涼しい風が吹いてくる。

その風に乗って歌声が優しく響く。

――ああ、思い出した。

――この歌は昔、母さんが子守唄代わりに……。



7: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:08:36.97 ID:1oxqFoDdo
もぞりと寝返りを打った拍子に目が覚める。

半身を起こすと、寒さが沁みた。

慌てて布団を被りなおしたところへ声がかかった。

「エレン、そろそろ起きなさい」

布団の暖かさを惜しみながら、はあい、と返事をして身を起こす。

寝巻きのままテーブルに着くと、見計らったように湯気の立つスープが置かれた。

「おはよう。飲みなさい、温まるわよ」

「おはよう、母さん」

スープを一口含むと、寒さが幾分かやわらいだ気がした。


8: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:09:05.74 ID:1oxqFoDdo
「母さんは父さんに頼まれた用事を済ませに外に出るけれど、エレンはどうする?」

スプーンの先で賽の目に切られた芋を突く。

飲みやすいようにと小さく切られた芋はなかなか潰すことができない。

「どうしようかなぁ」

窓から外を見ると、雪は降っていないがかなり冷え込んでいるように思えた。

かといって家の中に一人でいてもつまらない。

滑ったスプーンが皿を幾度目か鳴らしたところで諦めて、スープを飲み干した。

「一緒に行くよ」


9: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:09:37.34 ID:1oxqFoDdo
外に出て、あまりの寒さに動きが止まる。

今年の冬の寒さは格別なのだそうだ。

例年は凍らない川の水も、見ると端の方に薄っすらと氷が張っていた。

ほう、と息をつくと白息がふわりと冬の空にたゆたった。

通りを見ても人っ子一人おらず、この寒さに時間が止められたかのように錯覚した。


10: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:10:16.44 ID:1oxqFoDdo
それじゃ動き辛いわよ、と母さんに笑われながらもありったけの服を着込んでみたが、それでもこの寒さが相手ではさほど意味がなかったようだ。

首をすくめていると、ふわりと温かな物が巻かれた。

「どう? 温かい?」

「これは母さんのマフラーじゃないの?」

布が擦れてくすぐったい。

「母さんは寒くないもの。あなたが着けなさい」

微笑む母さんに目を向けると、その向こうに月が出ているのに気づいた。


11: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:10:42.91 ID:1oxqFoDdo
「朝なのに月が出てるよ?」

指差すと、母さんはそちらに目をやり「あら、本当」と言った。

「幻月ね」

ふうん、と返事をしながら改めて月を見ると薄っすらと霞んでいて、確かに幻のようだった。

「ねえ、母さん。どうして寒くないの?」

その質問に、話の飛ぶ子ねえ、と眉をしかめていたが、やがてぽつりと呟いた。

「母さんだからかな」

「なにそれ。全然わかんないよ」

不満げな声に、ふふっと母さんが笑った。


12: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:11:14.52 ID:1oxqFoDdo
通りを歩くと思ったよりも寒さは深く厳しく、手袋をしていても手がかじかんだ。

少しでもましになるかと手を擦り合わせてもあまり意味はなかった。

母さんはその様子をじっと見ていたかと思うと「手を繋ごうか」と言った。

「え、やだよ」

恥ずかしいし、とは言えなかった。

拗ねたようにそっぽを向くと、それを追いかけるように母さんが続ける。

「母さん、手が冷たいの。繋いでくれると温かくて嬉しいんだけどな」

「なんだよ。さっきは寒くないって言ったのに」

母さんの言葉に手を差し伸べると、大きく温かい手に包まれた。

「どう? 温かい?」

「ええ、とっても」


13: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:11:49.18 ID:1oxqFoDdo
「でもさっきは寒くないって言ったのに」

繰り返しそう言うと、母さんは楽しそうに笑った。

「母さんだからね。でも、あの月のように変わらないものもあるのよ」

繋いだ手からは手袋越しに母さんの温かさが伝わってくる。

母さんの視線の先に、朝月が見えた。

「変わらないものって何?」

「エレンも大きくなって、子供ができたらわかるわ」

そんな先のことは全然想像もできなかった。

「そんなこと言われてもわかんないよ」

ふくれながら呟く。

楽しそうに笑う母さんにつられて、繋いだ手が揺れていた。


14: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:12:21.03 ID:1oxqFoDdo
自分の手が揺れているのが見える。

伸ばした手は遠く、もはや繋ぐこともできない。

「母さん!」

肩に乗せられ揺れる中、必死に手を伸ばすが届くはずもなく。

「母さん!」

それでも必死に手を伸ばし続ける。

どんどん遠ざかり小さくなっていく母さんが、伸ばしていた手で口を押さえるのが見えた。

――――。

かすかに母さんの声が聞こえた気がした。


15: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:12:49.92 ID:1oxqFoDdo
――もう悪いことはしないから。

――薪拾いだってちゃんとやるから。

――父さんの手伝いだってするから。



――もっと、母さんと一緒にいたいんだ。



――もっと、母さんの声が聞きたいんだ。



――だから一緒に逃げよう。


16: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:13:19.91 ID:1oxqFoDdo
身を乗り出して、少しでも母さんに近づこうとするその目の前で、母さんが巨人に掴みあげられた。

「やめろーー!!」

その叫びは何者にも届かない。

手を殴りつけ抵抗する母さんを、巨人はもう片方の手で押し潰すと、にたりとした嫌な嗤いを浮かべて。



母さんを――。





――噛み砕いた。


17: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:13:48.22 ID:1oxqFoDdo
頬が濡れている。

自分の涙か。

舞った母さんの血飛沫か。

わからない。

わかりたくなかった。


18: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:14:17.38 ID:1oxqFoDdo



母さんがもういないだなんて。





わかりたく、なかった。


19: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:15:00.14 ID:1oxqFoDdo
ふと目が覚めて身体を起こす。

窓の外を見ると、夜空には月が浮かんでいた。

薄い雲がかかって霞んで見えるその月は、いつか母さんと見たあの月のように思えた。

なんとなく頬に手をやると、濡れていた。

涙だろうか。

自分は泣いていたのだろうか。

夢を見ていたのは覚えているが、なんの夢かは思い出せなかった。


20: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:15:29.33 ID:1oxqFoDdo
しばらく月を見ていたが、明日も厳しい訓練が待っていることを思い出し、布団に潜り込むと、途端に睡魔が忍び寄ってきた。

何もかもが変わってしまったこの世界で、何も変わらない月が優しく撫でるように自分を照らしてくれているのを感じながら、ゆっくりと眠りにつく。

眠りに落ちる直前、誰かの声が聞こえた気がした。

答えるともなくぽつりと呟く。





――おやすみなさい、母さん。







終わり



24: 進撃の名無し 2013/06/05(水) 23:33:21.56 ID:irC1IjLYo
陽だまりの人か



26: 進撃の名無し 2013/06/06(木) 17:08:14.62 ID:JIhn3nIGo
次回作期待してます



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コメント

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 コメント一覧 (2)

    • 1. 進撃の名無しさん
    • 2013年07月02日 20:24
    • 温かみを感じた。
      カルラさん好きなのでうれしい。
    • 2. 進撃の名無しさん
    • 2013年07月05日 10:06
    • 泣けた・・・平凡な毎日が 一番大切な思い出になるんだ、と、

      見過ごしがちな日常こそ、大切な宝物になるんだ、と、

      今のこの瞬間の、大切な人との日々の思い出は、

      二度とかえってはこないんだと、

      改めて 心に刻んだ。

      ・・・突然に、日常を遮断された苦しみは・・・

      想像に絶する・・・(自分も、突然の出来事で家族を失う経験をしました。)
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